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【直球&曲球】葛城奈海 コロナ禍を奇貨として社会再構築を

 薬局で品薄状態のマスク売り場に張られた買い占めをしないよう求める張り紙=2月4日、東京都港区
 薬局で品薄状態のマスク売り場に張られた買い占めをしないよう求める張り紙=2月4日、東京都港区

 新型コロナウイルスへの感染が直接間接の引き金になり、社会があちこちぎすぎすしている。まだ終息の兆しは見えないが、大きな痛みを伴いながら進行中の今回のできごとを、よりよい社会へと変革するチャンスに変えていかねばならない。

 動揺が最初に形として現れたのは、またしても、トイレットペーパーの買い占めであった。あれだけ「在庫は十分にあります」と言われているにもかかわらず、私の住む都心のドラッグストアなどでは、1カ月たった今も「売り切れました」の札が下がったままだ。幸い、拙宅では今のところ買い足しにいかずに済んでおり、「備えあれば憂いなし」を再認識したが、さりとていつかはなくなる。

 その時点でも入手できなければ、どうするか。ここへ来て、よみがえってきた記憶がある。子供のころ、祖父母宅は、いわゆる「ぼっとん便所」で、床の隅には四角く切った紙が重ねてあった。そうだ、トイレットペーパーがなければ、新聞紙がある! それがなければ、草や葉っぱだって使える。現代の日本人には、身近に新聞も草木もない人が多いかもしれないが、かつてタイへバックパック旅行したときには、そもそもトイレに紙なんぞなくて、バケツの水と柄杓(ひしゃく)と手で代用した。いろいろと柔軟な対応を思いつけば、トイレットペーパーがなくたってどうってことはないと心の余裕が生まれてくる。

 コロナ騒動はまた、行き過ぎたグローバル化への激しい警鐘も鳴らしてくれた。

 入国管理をしっかり行わなければ、ウイルスも入り込んでくる。人や物の往来が止まったら止まったで、インバウンドや外国人労働力頼みだった産業が立ち行かなくなり、輸入した部品頼みだった物が作れなくなった。国の玄関を無警戒に開き、他国に過度に依存する危険性を私たちは身をもって知った。輸出入が止まったとしても決定的な打撃を受けない程度に自立した社会を営むことが大切なのだと気づかされた。

 コロナ禍を、目先の利益や効率に惑わされず、地に足の着いた生活、社会を再構築する奇貨(きか)としたい。

【プロフィル】葛城奈海

 かつらぎ・なみ やおよろずの森代表、防人と歩む会会長、ジャーナリスト、俳優。昭和45年、東京都出身。東京大農学部卒。自然環境問題・安全保障問題に取り組む。予備役ブルーリボンの会広報部会長。著書(共著)に『大東亜戦争 失われた真実』(ハート出版)。

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