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福島・飯舘村出身の球児 聖火に誓う故郷への希望 IOC会長とも面会

新天地で新たな挑戦を始める大内良真さん(18)=16日、愛知県犬山市(石原颯撮影)
新天地で新たな挑戦を始める大内良真さん(18)=16日、愛知県犬山市(石原颯撮影)
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 東日本大震災からの復興をアピールする東京五輪の聖火が20日、日本に到着した。新型コロナウイルスの感染拡大が続く中で聖火を迎える被災地では不安の声も漏れるが、一昨年、国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長と地元福島で面会した飯舘村出身の球児、大内良真さん(18)は「無事、開催されることを願っている」と話す。飯舘村初のプロ野球選手を目指す大内さんは将来、日本代表チームの一員となり、バッハ会長と再会することを夢見ている。

 大内さんは平成30年11月、野球・ソフトボール会場の県営あづま球場の視察に訪れたバッハ会長と面会した。「大震災ではつらいこともありましたが、素晴らしい仲間に出会えました」と伝えると、バッハ会長はこの言葉に感銘し、こう返したという。

 「スポーツは希望を与え、未来を与え、友人をつくってくれる。そういう経験を共有できたのはうれしいことだ」

 東日本大震災の発生当時、小学校3年だった大内さんは原発事故で飯舘村から避難を余儀なくされた。その後、一家で栃木県鹿沼市に避難。発生2カ月後に小学校で授業が始まるのを機に福島市に移ったが、故郷には戻れぬ日々が続いた。

 野球少年だった大内さんにとって、中学生で強豪「福島リトルシニア」でプレーしたことは大きな転換点となった。高校は古豪・福島商へ進学すると、2年時には最速143キロをマークし、県大会準優勝に導いた。甲子園出場は果たせなかったが、プロ野球選手も遠い存在ではなくなった。

 震災から9年が経過したこの春、名古屋経済大学(愛知県犬山市)に進学し、新天地で大学野球に打ち込むことになった。高校の卒業式を終え、すでに愛知県へと入り、自主トレーニングに打ち込んでいる。

 飯舘村で聖火リレーが開催されることについて、「原発事故で失われた信頼を取り戻し、街が復活するきっかけになれば」と大内さん。新型コロナの感染拡大の逆境もはねのけ、五輪が予定通り開催され、世界中から多くの人たちが福島にやって来ることも願う。

 1976年モントリオール五輪のフェンシングフルーレ団体で優勝したバッハ会長と握手を交わした際、厚くて硬い手のひらだったことが強く印象に残った。「それぐらい努力しないとたどり着けないのか」。世界の頂点を極めた金メダリストの手のひらに触れた経験が、心の支えにもなっている。

 新たな挑戦を始める大内さんは「これからいろんな壁にぶち当たると思うが、バッハ会長に宣言したように日本代表まで行く」と強い気持ちを抱いている。(石原颯)

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